東京地方裁判所 昭和30年(行モ)14号 決定 1955年6月22日
申立人 長沢権次郎 外八名
相手方 東京都知事
主文
本件申立を却下する。
(裁判官 飯山悦治 荒木秀一 井関浩)
行政処分執行停止申立
当事者別紙目録記載の通り
申立の趣旨
被申立人から申立人等に対する昭和二十九年三月二十九日附四復発第三一四号別紙目録記載の建物の除却命令に基く行政代執行は之を停止する
との決定を求める
申立の事由
一、申立人等は何れも外地よりの引揚者若くは戦災に依り住家を失つたものであるが其の所有する別紙目録記載の建物(本件建物と謂う)の敷地東京都豊島区池袋二丁目八五四番宅地中三十八坪(以下本件土地と謂う)は岸野政治の所有であつて訴外須藤理助が同人より賃借したが都合により昭和二十二年十一月中期限の定めなく住宅兼店舗を建設する目的をもつて申立人等に転貸し申立人等はその賃借権に基き本件建物を新築し夫々居住し商業を営み家族の生活を維持し居るのである 而して賃料は数回の値上げがあり現在は別紙目録記載の通りにて今日迄滞りなく支払いおり従つて申立人等は右賃貸借契約に基き適法に本件土地を占有使用しおるものである
二、被申立人は申立人等に対し夫々昭和二十八年十一月十二日職務代行者東京都第四復興区画整理事務所長渡辺孝夫名をもつて「本件建物は公共用地の上に建てられたもので既に昭和二十四年四月四日附にて夫々権利者に対し換地指定の通知済であり近近移転も実施する事になつているので申立人等に於ても昭和二十八年十二月十五日迄に移転立退を完了せられたい」旨の公共用地上の建物移転立退通知を為し次で被申立人名をもつて昭和二十九年三月二十九日「本件建物は何れも昭和二十三年四月供用開始した広場街路上にあり昭和二十八年十一月十九日附四復発第一三五七号により移転立退の通告をしたが未だその実施を見ないので昭和二十九年四月三十日迄に除却立退されたい若し右期限迄に移転立退義務を履行しないときは行政代執行する」旨の除却立退命令を被申立人名をもつて昭和三十年一月三十一日附「本件建物を同年二月二十日迄に除却されないときは行政代執行法第二条により代執行をなす」旨の戒告を夫々発したが前記除却命令には重大なる瑕疵があり之を前提とする前記戒告処分にも同様の瑕疵があり違法である 即ち
第一点
(1) 被申立人は本件家屋が公共用地の上に建てられたものである事を前提として移転立退を求めているが本件土地は申立人等に於て適法な賃貸借契約に基き占有使用しており現実には公共用地ではない
従つて被申立人は本件建物の移転立退通告を為す前提たる本件土地につき誤認を為したものである 従つて右通告は違法である
(2) 更に被申立人は本件建物が広場街路上に建設してある事を前提として除却命令を発しているが本件土地は岸野政治の所有であつて賃借権者たる須藤理助より申立人等が転借した当時は(昭和二十二年十一月中)登記簿上も又現実にも広場や街路ではなく純然たる宅地であり申立人等は借地権に基き該宅地に本件建物を建設したものであり従つてこれ亦被申立人は本件建物除却命令の前提たる事実につき誤認を為したものである 仍て被申立人の発した前記除却命令の処分は違法で何等法令上の法律要件を充足していないから無効である
(疏第一号証登記簿謄本参照)
(3) 被申立人は申立人等に対し前記除却命令及同令に基く戒告処分の発令の根拠が如何なる法令に基くものなるやの通告がないのでその判断に苦しむが除却立退命令書中に本件建物は昭和二十三年四月供用開始した広場街路上にあつて云々とあるに徴し「公共団体ノ管理スル公共用土地物件ニ関スル法律」に基くものと思料する 而してその第一条は「公共団体ニ於テ管理スル道路、公園、堤塘、溝渠其ノ他公共ノ用ニ供スル土地物件ヲ濫ニ使用シ又ハ許可ノ条件ニ反シテ使用スル者ニ対シ管理者タル行政庁ハ地上物件ノ撤去其ノ他原状回復ノ為必要アル措置ヲ命スル事ヲ得」とある
(4) そこで本件土地は前叙の通り岸野政治の所有に係り更に売買により藤原久子、小林直毅の所有となりこの間適法に申立人等が賃借しており公有物でも公用地でもないが前記法律に謂う公共用土地及び被申立人がその管理者であるか否かを見るに一定の物件が公物たるの適格を取得するためにはその為に公用開始の処分 即ち公物主体たる公共団体の為に行政の目的に使用せしめる権利を設定する行為がなければならずその前提として行政の目的に供用し得べき権原を取得すべき要がある 而して本件土地につき被申立人は如何なる権能を取得したものであるか所有権でない事は登記簿に記載されていないことにより明かであるので管理権の有無従つて前記土地等の使用に関する法律に謂う管理者であるか否かの問題に帰するので之を見るに之が管理権の設定を法令の規定に基く行政処分による場合に限ると解するときは今日に至るまで被申立人をして管理権を取得せしむる旨の法令等の公布若くはその施行がないので被申立人をして管理者と謂うを得ないのである
(5) 仮に右管理権を私法上の管理関係例えば所有者と公共団体との間に於ける契約其の他の合意による管理権の取得の場合をも含むものと解するときは被申立人は所有者との間に管理権附与に付契約が締結されなければならない 然るに斯る契約が存在しない現在被申立人は管理権を主張することができない 仮に百歩を譲り管理権附与の契約が行われたとするも対抗要件を具備しないから既存の権利者である申立人等に対し効力は及ばない 従つて被申立人の発した前記除却命令は前記法律の法定要件を充足していない違法のものである
(6) 次に本件建物は被申立人が都市計画事業として施行する土地区画整理施行区内に存するをもつて被申立人がその除却命令処分を為すには特別都市計画法第十五条により三ケ月を下らない期限を定めて申立人等に対し本件建物の移転を命じ同時に同法第十三条により換地予定地を指定して申立人等をして該換地予定地に対し本件土地に対すると同様の借地権の行使が出来得るような措置を為すべきである 然るに斯る措置を講ぜずしてなされた被申立人の除却処分は違法である
(特別都市計画法第十五条同第十三条参照)
以上の理由により被申立人の発した前記除却命令処分は違法であり何等法令上の法律要件を充足していないので無効である従つて之を前提とする代執行のための戒告は違法であつて取消し得べきものである
申立人等は曩に右除却命令及び代執行戒告処分の無効確認及びその取消の訴訟を東京地方裁判所に提起し右は昭和三十年(行)第三八号として同庁に係属したが右事件の本案判決を待つていたのでは右命令の執行によつて償う事の出来ない損害を生ずる虞れがあり且つ之を避けるため緊急の必要がある為本申請に及ぶ即ち申立人等は何れも外地引揚者又は戦災により家屋を失つたもので本件建物を住居兼店舗として夫々洋服、服地、靴、菓子、飲食業等に使用し営業を為し辛じて家族の生活を維持しおるものであるので之が執行をせられるときは一挙に生活上及び営業上の根拠を失うことになり家族は挙げて路頭に迷うこととなり延いては生命にも影響する重大な問題であつて金銭によつては補償出来ないものと謂うべく而も除却期限なる昭和三十年二月二十日は既に経過しおり何時執行を受くるやも知れぬ状況にあるので本申立の認めらるべき緊急が存するものである
疏明方法<省略>
添附書類<省略>
昭和三十年四月 日
右代理人 古屋貞雄
東京地方裁判所 民事第三部御中
(目録省略)